「解散権」は誰のもの?


―衆議院の解散は内閣総理大臣の専権なのか―

目次

1 はじめに

2 衆議院の解散についての憲法上のアプローチ

⑴ 解散の性格についての考え方

⑵ 解散権の根拠についての議論状況

⑶ 解散権の限界策定についての試み

⑷ 解散権の行使についての司法の立場

3 解散権の自由な行使が許容されるべきか(私見)

⑴ 「内閣」の権能としての衆議院解散

⑵ 民意の反映

⑶ 大義ある解散を

1 はじめに

 国会(議会)は、国権の最高機関であり、国民の代表機関であり、国の唯一の立法機関とされている。国会は、衆議院と参議院の二院で構成され、衆議院議員は任期4年、参議院議員は任期6年(3年ごとに半数改選)で、衆議院については、参議院に対する衆議院の優越と衆議院の解散が認められている。

 日本は議院内閣制を採用し、主権者国民(有権者)が選挙により国会議員を選び、国会議員により構成された国会の議決によって、内閣総理大臣の指名がされ、内閣は国会に対して連帯して責任を負い、内閣の存立基礎が国民の代表機関である国会に依存する仕組みとなっている。

2 衆議院の解散についての憲法上のアプローチ

⑴ 解散権の性格についての考え方

・責任本質説

→衆議院の解散によって、新たな民意を問い、国民のための国民による政治を実現する手段。民主的機能を重視。解散権の制約に親和的。

・均衡本質説

→衆議院の解散は、議院内閣制の下で内閣(政府)と国会(議会)の間の均衡を保つための手段。民主的機能もあるが、自由主義的機能を重視。議院内閣制の本質に関わるため法的な制約に馴染まず、事実上の制約を課すにとどまる。

 ⑵ 解散権の根拠についての議論状況

・憲法69条説

→「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り総辞職しなければならない(69条)」。憲法に明文規定のある衆議院で内閣不信任案の決議がなされた場合に限り、内閣に衆議院の解散権が認められる。

・憲法7条説

→「天皇は内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。-衆議院を解散すること。(7条3号)」。天皇の国事行為の一つに衆議院の解散があり、国事行為には内閣の助言と承認が必要であるため、助言と承認を与える内閣に実質的な衆議院の解散権が認められる。

・憲法65条説

→「行政権は内閣に属する(65条)」。三権分立のうち、多種多様な機能を有する行政権については、立法権・司法権に含まれないものと定義される(控除説)ことから、立法にも司法にも分類されない衆議院の解散権は、内閣に認められる。

・制度説

→衆議院の解散権は、力の強い国会を行政府(内閣)によって抑制するためのものであり、衆議院による内閣不信任決議に対抗し、衆議院と内閣との間の均衡を確保するための重要な機能を果たすため、議院内閣制という制度に内包された権利として内閣に認められる。

・自律的解散説

→衆議院の内閣不信任決議のほか、衆議院自身による自律的解散が認められる。

⑶ 解散権の限界策定についての試み

 無制限な衆議院の解散について、何らかの形で制約を設けるべきという考え方も存在している。あくまで、民意の反映という側面があるため、全面的な制約ではなく、「国民の信」を問うべき大義があれば、解散権の行使も認められるという立場が多い。

【佐藤説】 

・選挙の際に直接の争点とはならなかった重大な問題が生じ、任期満了を待たずに、国民の意思を問う必要がある場合。

・国会の統一的な意思形成に問題が発生し、内閣として責任ある政策形成を行えないような事態が生じた場合。

【芦部説】

・衆議院で内閣の重要案件が否決ないし審議未了となった場合。

・政界再編等により内閣の性格が変化した場合

・総選挙の争点ではなかった新しい重大な政治課題に対処する必要がある場合

・内閣が基本政策を根本的に変更する場合。

・議員の任期満了が接近している場合

⑷ 解散権の行使についての司法の立場

 裁判所は、解散権の行使について、究極的には主権者国民の判断によるものとして、明確な司法判断を避けている。裁判所は、主権者国民から選挙で選ばれた議員を構成員とする議会(国会)や、国民の代表機関である議会によって選任される政府(内閣)とは異なり、民主的正当性が弱いことから、政治領域の問題には消極的な判断を繰り返しているのが実情である(統治行為論)。

・昭和62年3月25日名古屋高裁判決

 「衆議院の解散が、極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為であることは多言を要しないところであって、かかる行為について、その法律上の有効無効を審査することは、司法裁判所の権限の外にあるものと解すべきである。」

 「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為(統治行為、政治問題)の如きは、たとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能な場合であっても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治責任を負う政府、国会等の判断に任され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解するのが相当である。」

3 解散権の自由な行使が許容されるべきか(私見)

 ⑴ 「内閣」の権能としての衆議院解散

 現在、ときの政府が衆議院解散の根拠にする規定は憲法7条3号である。内閣不信任決議に由来する69条解散は過去4回のみで、他は特段必要な発動要件がないとされている7条解散とされている。

 7条解散は、天皇の国事行為に対する「内閣の助言と承認」を根拠として、内閣による衆議院解散を根拠づけるものであるが、この助言と承認を与えるのは、「内閣総理大臣」ではなく、あくまで合議体(内閣総理大臣+国務大臣)としての「内閣」である。その意味では、総選挙前によく言われる「衆議院の解散は総理の専権事項」という説明は正しくないようにも思われる。ではなぜ、このような説明になるかといえば、閣議を主宰する内閣総理大臣が衆議院の解散に反対する国務大臣を罷免し、自らがその職を兼務することで、内閣内部の反対派を排除できるため、究極的には内閣総理大臣一人で衆議院解散を決断できるからである。

 しかし、たとえ7条説によったとしても、憲法自身が内閣総理大臣という個人ではなく、内閣という合議体に「助言と承認」の権限を与えていることからすると、衆議院の解散権はなるべく抑止的に行使すべきことを想定しているものと解するのが自然ではないだろうか。

 ⑵ 民意の反映

 確かに、衆議院の解散には、国会に新しい民意を取り入れるという民主的正当性を維持するうえで望ましい側面はある。憲法は、解散がある衆議院、3年ごとに半数改選のある参議院によって、国会内に表明時期(選挙時期)の異なる民意が反映される仕組みを設けており、国民の民主的統制を受ける国会や内閣が民意に背き、独善的な暴走を始めないためのブレーキとして「新たな民意」の流入を歓迎すべきという考えも十分に肯定できるだろう。

 しかしながら、解散前の衆議院も国民が選挙で示した「民意」により構成されたものである以上、それを蔑ろにしてはならないはずである。新たに示された民意も、過去に示された民意も、いずれもが主権者国民の意思であり、元来優劣のあるものではない。特に、衆議院議員の任期が満了に近い時期であれば「古い民意」より「新しい民意」を重視すべき場面があるかもしれないが、憲法自身が衆議院議員に4年という任期を与えていることに照らすと、前回の総選挙から十分な期間を経ない衆議院の解散は、そもそも憲法が想定していないと解すべきではないだろうか。

 何より問題なのは、解散権の行使が本来民主的統制を受ける側にある内閣のフリーハンドでなされていることである。ときの政府与党が欲しい「民意」を得るために、自己に都合のよいタイミングで解散することができ、結果が承服できないときは何度でも解散を繰り返すという事態が、本来的な解散権の趣旨から離れていることは明らかであろう。解散の可否を決めるのも、解散の「正しさ」を判断するのも、同じ内閣という現状は早急に改める必要があるのではないかと解する。

 ⑶ 大義ある解散を

 従前、何らの大義を示すことなく7条解散をした内閣は存在しないが、国民に示された大義の合理性に疑問を抱かざるを得ないことも少なくはなかったと思われる。ときの政権与党の党利党略による解散が無制限に行われると「民意の切り取り」が可能となり、主権者たる国民と政治部門(国会・内閣)の意思の乖離がますます進行してしまう。

 憲法が内閣に抑制的な解散権の行使を認めるものであると解しても、その機能は民意の反映や議院内閣制の下での勢力均衡を基礎とするものであるならば、あくまで主権者たる国民を第一に考えた解散権の行使でなければ論理的整合性が認められない。少なくとも、国民を蚊帳の外において、ときの政府与党を利するための解散を正当化することはできない。

 主権者国民が納得できる大義(総選挙により新たな民意を取り入れなければならない理由)を明確な言葉で堂々と示した上で、衆議院の解散権を行使するというのが、政権を預かる者の果たすべき責任であろう。


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